米国では移民流入が激減しているため、その影響で物価上昇を懸念する声があります。また、日本も人手不足から賃金上昇がおき、物価が強く上昇していくという声があります。
今日はこのあたりについて、考えてみます。
マーケットが思うほど賃金は物価をけん引しない
2022年の下半期、パンデミック後の米国のCPI上昇率はピークを付け、その後徐々に低下していきました。上昇率が3%~4%まで落ちると停滞しましたが、最高9.1%まで上昇したことを考えれば安定鈍化と言っていいと思います。
当時僕はインフレのピークを見計らっていたのでよく覚えているのですが、米国CPIの鈍化は年初からの中国PPI、GSCPI指数(物流抑制がわかる指数)の低下が強く影響しています。そして少し遅れて米国のPPIや原油、天然ガスの低下、新築家賃価格の落ち着きなどから定着しました。
ところがマーケットは上昇していた賃金インフレによって、CPIの上昇はまだ終わらないという認識を強めていました。
一方、僕は賃金インフレはほとんど影響していないと考えていました。
なぜなら実質賃金がマイナスでもそれまで物価は強い上昇をしていたからです。さらに実質賃金が改善してきたら、今度は逆に物価は安定鈍化していきました。
つまり、CPIの上昇時、下落時、2回とも賃金の影響は限定的だったわけです。
賃金の影響は限定的であることを示す研究
実のところ、賃金上昇が物価をけん引するという明確な根拠はありません。
感覚的にイメージしやすいので定着していますが、むしろ最近の研究ではこれに疑問を投げかける研究が多いです。
例えばサンフランシスコ連銀の「How Much Do Labor Costs Drive Inflation?」では、労働コストの上昇とPCE価格の上昇には相関がみられるものの、労働コストが物価上昇率に与える影響はほとんど無視できるレベルである事が示されています。また、アップジョン研究所のこちらの記事「Does Increasing the Minimum Wage Lead to Higher Prices?」でも、最低賃金の10%の引き上げに対して、レストランの価格はほとんど上昇していないことが示されています。
このほかにも、シカゴ連銀などに同様の研究を見つけることが出来ましたが、いずれにしても賃金上昇で物価上昇が起きるんだとド直球で解釈することは、避けたほうが無難です。
ただし、これらより影響が大きいとした研究もありますのでそれも紹介します。
影響力があるとする研究
「Do Rising Labor Costs Trigger Higher Inflation?」(ニューヨーク連邦準備銀行)
この研究では、労働コストの上昇がインフレに与える影響を少し詳しく分析しています。基本的には労働コストが1%上昇すると、CPIへの影響は直接的に0.1%、間接的に0.1%あるとされていますが、後者については証拠が見つからなかったとのことです。
こちらは他に比べて大きめですが、やはり全体で見れば限定的だと解釈できます。
現状の認識
物価と賃金には相関があるものの、相手方の上昇をけん引している主因は「賃金」ではなく「物価」である可能性が高いと僕は考えています。
少なくても物価は、賃金よりも他の先行指標などが大きく影響しているのは間違いありません。
そのため、いつも僕が記事にしているように多くのインフレ先行指標をこまめに見て総合判断していくことが大事だと思います。
考えてみれば当然です。
企業活動は慈善事業ではないので、賃金が安かろうと高かろうと、既に最も合理的な高い価格に値段は設定されています。価格転嫁できる状況をあえてしない仏様のような経営者はいないのです。(いたらすいません…)つまり、価格転嫁できるなら賃金に関係なくしているはずです。
賃金上昇で、物価が上昇すると単純に結び付けるのはわかりやすい理屈ですが、実際にはそんな簡単にはいかない。それをマーケットはよく認識してないと感じます。この事は先日書いた、関税が価格転嫁に繋がっていない過去データ(関連記事)とも整合性があります。
また新しい解釈ができるようになったら追加でお伝えしたいと思います。
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